−加茂繊維さんの事業内容を教えてください。

加茂町で父の後を継いで肌着など衣類の生産をしています。
もともとはグンゼの100パーセント子会社で肌着専門だったのですが独立しまして、今では肌着で培ってきた技術を活かしながらアウターの生産にも挑戦しています。
−なるほど。

阿部さん実はね。グンゼはインナーの生地は絶対に外部には売らないんです。
私たちとは長い付き合い、信頼関係がありますから、その生地を特別に使ってTシャツなどのアウターに加工しています。
それから最近は何でも本物志向でしょう。ですからただTシャツにプリントするだけではなくって本格的な海外デザイナーに頼んでいます。今年はニューヨークですね。ニューヨークの15人のデザイナーに『ユニバーサル』をテーマにデザインを依頼しています。
それからね、ただ作るだけではダメだと思うんですよ。特に『ユニバーサル』みたいなメッセージ性が強いものは多くに人に『知ってもらう』必要があると思うんです。その点私たちはずっとアパレルやってますから、東京で言えばマルイさんアバハウスさんエストネーションさんなんかに置いてもらってます。メッセージは受信してもらわないと意味がないと思うんですよ。
−そのあたり特に大事だと思います。これは食品分科会の話なんですけど、良いものを作ってそれをどう売るか、その売ることが一番の課題だって皆さんおっしゃってます。

そうなんです。産業でしょ。作るだけではダメなんです。地元に根付いた新しい産業を生み出すことが『美作大学技術交流プラザ』の目的なんですから、どう売っていくかが今後の一番のテーマでしょうね。そのためにはどのようにして流通を巻き込んでいくか、それが大切でしょう。
私ね。繊維産業ってスゴイ魅力があると思ってるんです。
日本の近代化の礎を作ったのは繊維産業です。
『あゝ野麦峠』、私大好きなんです。あれ見ると繊維産業・製糸業メチャクチャ悪者ですよね。(笑)工女さんイジメまくってる。
でもあの当時の仕事って、今と比べ物にならないくらい厳しかったんです。みんな厳しかったんです。でもその中で、製糸業は先を見ていたんです。そして『地域』を考えていたんです。
例えばね、当時の純然たる民間会社の製糸業が地域のために学校を作っています。それから洋裁学校作っています。こんなことは今の製造業はしていないでしょう。
トヨタやソニーが地域のために学校作ってますか?
私はね、その製糸業・繊維業のスピリッツは今に誇れるものだと思います。
私も繊維業ですから、先人に学びながら、地域の人が誇れるようなトップレベルの商品を作り続けて生きたいですね。
そう、津山のみんなが『津山って良いよね』と語り合えるようにしていきたいですね。

お忙しい中、本当にありがとうございました。

